「摂氏4000度からの未来」世界初演される

「摂氏4000度からの未来」世界初演される 2015年3月27日 アステールプラザ (広島市中区)

広響 糀場作品を初演 「広島」題材 平和へ祈り

広島交響楽団の演奏会「秋山和慶のディスカバリー・シリーズ」が27日、広島市中区のアステールプラザで
あった。「音楽の街を訪ねて」と題した企画の最終回は「広島」がテーマ。広響の委嘱で、広島市出身の作曲家
糀場富美子が被爆70 年に合わせて作曲した「摂氏4000度からの未来」を初演した。
糀場のトークの後、古里へのエールを込めた新曲を秋山の指揮で奏でた。前半は原爆の熱風や焦土と化した街、
人々の憤りや悲しみを表現。その最後に風鈴が清らかに響いた。後半は復興に向けて活気づく街や平和の祈りを
感じさせる安らかな音色で会場を包んだ。
続いて、広島市民交響楽団時代の第1 回定演(1 964年)で披露し、節目で届けてきたベートーベンの交
響曲第5番「運命」。約950人の観客が苦難を乗り越える力強い曲調と街の歩みを重ね合わせた。中国新聞社
など主催。 (余村泰樹) (2015年3月28日 中国新聞朝刊より)
中国新聞記事

被爆地に新たな調べ

きのう夜、カープ開幕戦に沸く広島の街で、もう一つ注目したい出来事があった。被爆地の祈りが込められた
新たな楽曲の誕生である。地元出身の作曲家糀場富美子さんによる「摂氏4000度からの未来」を、広島交響
楽団が初演した。
鐘が響く中、弦楽器や管楽器が激しく不気味に揺らぐ。ちりばめられた風鈴の音は、息絶える生命の最期の光
か、再生の息吹か。やがて音楽は希望の光にあふれてくる―。
緊張感漂う練習場を訪ねたことがある。被爆者の父を持つ作曲家や指揮者、楽団員が、曲想に合う音色やわず
かなニュアンスを追い求めていた。そして昨夜は聴衆も一体となり見事完成させたといえるだろう。
原爆への怒りや平和希求の思いから数多くの音楽が生み出され、犠牲者にささげられてきた。管弦楽曲や合唱
曲、歌謡曲、ロック、ジャズ…。調査収集を進める団体「ヒロシマと音楽」委員会は2千曲近くをデータベース
化したという。
だが注目を浴びんがためと言われても仕方ないような作品もあった。昨年、他人に代作させたことが発覚し、
ヒロシマと冠した交響曲のメッキが剥がれた。
いま一つ残念なのは、楽譜が満足に残っていないために、耳にできない作品が多いという点である。
音楽は時代の空気を映す。以前は原爆の恐ろしさ、被爆者の苦悩を表現した歌曲が多かった。時の流れととも
に演奏機会は減り、表現も変わってきた。被爆者や戦争を知る世代の減少と似ているかもしれない。
被爆70 年のことし、原点を忘れぬために過去の作品も聴きたい。生々しい声に触れられるはずだ。
ヒロシマの音楽は実際に奏でられ歌われ、核廃絶ヘ願いを共有できて初めて意味をなす。節目の夏が近づく。
新旧、多様なジャンルの調べに、多くの人が接することを願う。 (論説委員 田原直樹)
(2015年3月28日 中国新聞朝刊 潮流より)
中国新聞記事

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