「ヒロシマ・音の記憶Vol. 4.〜継承〜」広島公演・アンケート(抜粋)
2013年12月1日(日) 14:00~広島大学附属中・高等学校 講堂 にて
入場者208名、96名の方々からアンケートに協力いただけました。ありがとうございます。
今後の活動の参考にします。
2013年12月16日 「ヒロシマと音楽」委員会
・ こうこうせいと、中がくせいには、みえないほどうまくて、口があくほど、びっくりしてしまいました。
(10才未満女性)
・ 映画では、色々とヒロシマについて知らなかったことを知ることが出来た。演奏は、器楽も声楽も素晴ら
しかった。(20才未満男性)
・ 演奏が迫力と、「心を打つ」力にあふれていて、すばらしかったです。「ヒロシマの伝承」は大切ですね。
(20才未満女性)
・ 戦争のことについて考えることができました。合唱班やのりまつさんの歌がとてもすごかったです。
先輩のえんそうもかっこよかったです。(20才未満女性)
・ もりだくさんの内容で、とても充実した時間をすごせました。自分自身も中学・高校と合唱をする中で、
1曲との出会いにわくわくしたり、涙が出そうになるくらい胸がしめつけられ思いを感じていたことを
思い出しました。広島にいる私たち、今の時代を生きる私たちが感じることを大切に、これからも音楽
とともに伝えていって頂きたいと思いました。(20代女性)
・ とても良かったです。映画もすごく感動して、多くの方に見て頂きたいと思いました。合唱を久しぶり
に聞いてやはり良いと思いました。音楽の力を改めて感じました。(20代女性)
・ 感動しました。(40代男性)
・ 「広島平和都市の歌」が最高でした。出演者の思いがひとつになったと感じられる曲でした。(40代女性)
・ 映画がすばらしかった。見れてよかったです。演奏、合唱、独唱も感動しました。学生と、プロのコラボ
もいいですね!またぜひ開催してほしいです。(40代女性)
・ <ビデオ(映画 注:編者)を見て>今回の演奏会で初めて「ヒロシマと音楽」委員会、「広島学生音楽
連盟」の存在を知りました。附属とも関係があり、この講堂で音楽会が開かれたことに感慨深いものが
ありました。<演奏>歌も演奏もすばらしかったです。照明が暗い中の弦の演奏は大変だなと思いました。
ありがとうございました。(40代女性)
・ 広大附属高校の教員として、この講堂で音楽祭をわずか被爆一年後になされている事に、大へん感銘を
受けるとともに、自分の仕事の重みと責任の大きさに改めて身の引きしまる思いです。このすばらしい
取組みが、さらに多くの方々を結びつけ、ご発展していくことを切に希望します。(50代男性)
・ 歴史的建物での演奏であり、意義深い活動と思う。(50代男性)
・ とても感動しました。原田先生のお言葉が感動しました。管弦楽班、合唱班、乗松さんもすばらしかった
です。(50代女性)
・ ヒロシマを記録する作業はたいへんですが、ありがたいことです。応援しています。(50代女性)
・ 高校生がさわやかでした。演奏も指揮も本格的でした。40年前にも附属合唱班の「流浪の民」を聞いて
とても印象が残っており、なつかしかったです。最高にフィナーレでした!(50代女性)
・ スピーカーの雑音が気になった。最後の歌がよかった。(50代女性)
・ すばらしい音楽を聞くことが出来有難うございました。あきのない構成で非常によかったと思いました。
(60歳以上男性)
・ 5年と言わず地道に継続してほしい。被爆建物であるここを会場に慣例化できればと思う。
(60歳以上男性)
・ 歴史あるホールに感動しました。演奏内容にマッチしていい感じでした。今後の発展を祈念します。
(60歳以上女性)
・ 各地を転々としてきて、卒業以来初めて40数年ぶりにこの講堂を訪れました。すばらしい機会を
ありがとうございました。若々しい生徒さんの様子 ほほえましく また心強く感じました。
(60歳以上女性)
(以下 広島学生音楽連盟 の関係者)
・ 映画も全体の運営も長すぎる。年寄りの長話にうんざり(映画)私も年寄りだが(80才)時と所を
心得て話を短くまとめる訓練がessentialだ!それに比べて子供たちの立派なこと!
日本の将来は明るい!! (60歳以上男性)
・ 1. 昔懐かしい講堂。四家文子さんを2度招いたことがある。2. 福原信夫NHKプロデューサーの指導で、
「美しき碧きドナウ」「レクエム」ハイドンの四季「春」を演奏したことがある。2階の窓から夕日が
さしこむ中で「すべては過去にきえても、夢みの思いは・・・・・・」の歌詞は生涯忘れられない。
(60歳以上女性)
・ この懐かしいホールで、楽しく混声合唱していた青春時代が思い出されてとても感動しました。
有難うございました。(60歳以上女性)
・ 昨年亡くなった母は女専の卒業生でした。1945年には卒業していて原爆投下時には山口の実家に
いましたが、「女専時代の友達がたくさん亡くなった」とよく話してくれていました。
生前は広島高等学校のこともいろいろ思い出していたようです。講堂の思い出と合唱班の思い出と
母の思い出が重奏してなつかしかったです。(60歳以上女性)
・ 映画昭和25年までの部分は丁度兄が広島高等学校に在籍した時代でなつかしく思いました。
「土の歌」3年前?この講堂で付属の生徒とOB合同の合唱を聞きに来たと記憶しています。
第二部もとてもすばらしかった。(60歳以上女性)
・ なつかしい講堂です。広大のエスポワールの合唱の方達と一度だけ坂田先生だったと思う。
鈴峯には森田先生で多くの音楽家をお呼びしていました。(60歳以上女性)
以上、ありがとうございました。
「ヒロシマ・音の記憶Vol. 4.〜継承〜」広島公演を12月1日(日)14:00~広島大学附属中・高等学校講堂にて開催しました。
広島大学附属中・高等学校 正門
校門脇にある被爆建物の表示版
旧制広島高等学校 (爆心地から約2.7キロメートル)
鉄筋コンクリート造の講堂は、木造校舎に挟まれた形で建っていたこともあって、大きな被害は免れました。
現在の講堂正面
この講堂は広島学生音楽連盟が演奏会に使った会場。今日、現存する唯一の建物。
講堂に入って 入口(「ヒロシマ・音の記憶Vol. 4.〜継承〜」)受付
13:30~ 入場開始
第1部
ドキュメンタリー映画「音の記憶・つながり」上映
第2部
広島学生音楽連盟が歌っていた「流浪の民」を歌う広島大学附属高等学校・合唱班
広島学生音楽連盟が東京から招いた歌手が歌ったアリア「ある晴れた日に」を広島大学附属高等学校・管弦楽班をバックに歌うソプラノ歌手乗松恵美さん
広島出身のプロの音楽家と共演した広島大学附属高等学校・管弦楽班指揮者・加藤君に感想を聞いてみました。
「プロの音楽家と共演したのは初めて、緊張したがとても勉強になりました」
「ヒロシマ、1949年8月6日に寄せる歌」
英国の詩人、エドマンド・ブランデンによって作詞された。
歌う乗松恵美さん
「ヒロシマ平和都市の歌」
広島出身の詩人、大木惇夫によって作詞された。
広島大学附属高等学校・管弦楽班をバックに広島大学附属高等学校・合唱班と歌う乗松恵美さん
記念写真
「ヒロシマ・音の記憶Vol. 4.〜継承〜」広島公演演奏会の様子を伝えた
中国新聞記事(2013年12月2日朝刊)
中国新聞記事は下記をクリックして下さい。
chugoku20131202