Hiroshima Happy New Ear
次世代の作曲家たち 「ヒロシマ」紡ぐ
日本を代表する現代音楽作曲家 細川俊夫がお届けする HIROSHIMA HAPPY NEW EAR(広島の新しい耳)シリーズ。
第19回目は被爆70周年という節目の年であり、細川俊夫が注目する二人の作曲家に「ヒロシマ」をテーマに
した作品を委嘱し、川瀬賢太郎の指揮、広島交響楽団(室内オーケストラ編成)の演奏で世界初演します。
広島から世界へ発信する HIROSHIMA HAPPY NEW EAR シリーズ。広島が歩んできた道に想いを馳せ新しい音楽で 未来へと繋げます。
日時: 2015年6月25日(木)19:00~
会場: アステールプラザ オーケストラ等練習場
プログラム: 広島時間 作曲 徳永崇 【委嘱作曲・世界初演】
プログラム: ヒロシマを渡る風 作曲 三浦則子 【委嘱作曲・世界初演】
主催: ひろしまオペラ・音楽推進委員会
音楽監督 細川俊夫
1955年広島生まれ。ベルリン芸術大学でユン・イサンに、フライブルク音楽大学でクラウス・フーバーに
作曲を師事。日本を代表する作曲家として、欧米の主要なオーケストラ、音楽祭、歌劇場等からの委嘱を受け、
国際的に活躍。近年では、エクサンプロヴァンス音楽祭委嘱オペラ「班女」、ザルツブルク音楽祭委嘱作品「循
環する海」「嘆き」、ロシュ委嘱ルツェルン音楽祭初演作品「夢を織る」、モネ劇場委嘱オペラ「松風」、ベル
リン・フィル、バービカン・センター、コンセルトヘボウ共同委嘱作品「ホルン協奏曲―開花の時―」などが、
大野和士、ワレリー・ゲルギエフ、フランツ・ヴェルザー=メスト、サイモン・ラトル、準・メルクルら一流の
指揮者により初演。現在、小編成から大編成まで多くの作品が国内外で演奏され続けている。これまでに東京交
響楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団、西ドイツ放送局合唱団、ネーデルラントフィルハーモニー管弦楽団のコン
ポーザー・イン・レジデンスを歴任。2001年にベルリン芸術アカデミー会員、2012年にバイエルン芸術
アカデミー会員に選出。2012年秋、紫綬褒章受章。現在、武生国際音楽祭音楽監督、東京音楽大学およびエ
リザベト音楽大学客員教授。
徳永崇
1973年広島生まれ。広島大学大学院教育学研究科修了の後、東京藝術大学音楽学部別科作曲専修修了。作
曲を、早川正昭、久留智之、野田暉行の各氏に師事。2004年、武生国際作曲ワークショップに招待作曲家と
して参加し、同年フランスのロワイヨモン作曲セミナーに武生との交換作曲家として参加。
ISCM Word Music Days入選(2002/香港、2014/ブロツワフ)。武生作曲賞受賞(2005)。
在籍する作曲家グループ「クロノイ・プロトイ」の第5回作品展が、サントリー芸術財団第9回「佐治敬三賞」受賞(2009年度)。
テグ国際現代音楽祭招待作曲家(2006、2011/韓国)。作品は国内をはじめ、欧州・アジア各地で演奏されている。
作曲家グループ「PATH」メンバー。「秋吉台の夏」現代音楽セミナー&フェスティバル講師(2010~ )。
現在、 広島大学大学院教育学研究科准教授。
三浦則子
東京生まれ。桐朋学園大学作曲理論学科卒業後、フランスに留学。パリ・エコールノルマル及びパリ国立高等音
楽院にて作曲を学ぶ。これまでに作曲を、末吉保雄、細川俊夫、平義久、ポール・メファノに師事する。199
3年第5回秋吉台作曲賞受賞、1999年第68回日本音楽コンクール作曲部門第1位、併せて安田賞を受賞。
これまでグルムシュタット国際夏期講習会、MITOフェスティバル、ミラノムジカ音楽祭、カーン音楽祭、モナコ
の春音楽祭、ザーブリュッケン現代音楽祭、ヴィラムジカ(マインツ)、ベルリン高等研究所、武生国際音楽祭等
で作品を発表してきた。主要作品:弦楽四重奏曲第1番「耳をすます」、サックス、ヴァイオリンとハープのた
めの「アニトヤ」、フルート、クラリネット、ヴァイオリンとチェロのための「悲しみのように、ひそやかに」
ほか。
2015年6月13日(土)中国新聞に紹介されています。下記を参照下さい。
中国新聞20150613
次世代の作曲家たち チラシ 下記を参照下さい。
Hiroshima Happy New Ear 1
Hiroshima Happy New Ear 2
ドキュメンタリー映画「音の記憶・つながり」 DVDの寄贈について
私たち「ヒロシマと音楽」委員会では、NPO法人ANT-Hiroshimaと共同で平成25年にドキュメンタリー映画「音の記憶・つながり」を製作し、そのDVD版(非売品)をこのほど完成させました。
このドキュメンタリー映画は、当委員会が行っている「広島の音楽史編纂プロジェクト」の一環として始めたインタビュー調査が端緒となっており、また平成22年に当委員会が主催したコンサート「ヒロシマ・音の記憶~VOL.2~繋がり~]の内容を含んだものとなっております。原爆投下の翌年から約4年にわたり広島市内で活動していた「広島学生音楽連盟」について、当時の中心メンバーの方々へのインタビューをもとにその活動実態を追いかけるとともに、音楽を通して復興に奔走した当時の若者達の様子を現代の高校生の姿に重ね合わせていったものです。また、東日本大震災から3ヶ月後に行われたコンサートも踏まえ、現在の高校生が被爆直後の若者達による「音楽による復興」をどのように捉えたのかについても追いかけています。
またDVDには、映画上映の後に新たに見つかった「広島学生音楽連盟」関係者へのインタビューや資料の調査を踏まえ、この団体についての概要を解説した冊子も特典として添付しております。このDVDを関係者ならびに公共図書館の皆様に寄贈しました。
平成27年4月吉日
「ヒロシマと音楽」委員会
ドキュメンタリー映画「音の記憶・つながり」DVD
ドキュメンタリー映画「音の記憶・つながり」解説書表紙
ドキュメンタリー映画「音の記憶・つながり」解説書から 概要
ドキュメンタリー映画「音の記憶・つながり」解説書から「広島学生音楽連盟」を追いかけて(冒頭部のみ) 能登原由美
ドキュメンタリー映画「音の記憶・つながり」解説書から 音・記憶・映像によるつながり 青原さとし 製作のの機縁 渡部朋子
「摂氏4000度からの未来」世界初演される 2015年3月27日 アステールプラザ (広島市中区)
広響 糀場作品を初演 「広島」題材 平和へ祈り
広島交響楽団の演奏会「秋山和慶のディスカバリー・シリーズ」が27日、広島市中区のアステールプラザで
あった。「音楽の街を訪ねて」と題した企画の最終回は「広島」がテーマ。広響の委嘱で、広島市出身の作曲家
糀場富美子が被爆70 年に合わせて作曲した「摂氏4000度からの未来」を初演した。
糀場のトークの後、古里へのエールを込めた新曲を秋山の指揮で奏でた。前半は原爆の熱風や焦土と化した街、
人々の憤りや悲しみを表現。その最後に風鈴が清らかに響いた。後半は復興に向けて活気づく街や平和の祈りを
感じさせる安らかな音色で会場を包んだ。
続いて、広島市民交響楽団時代の第1 回定演(1 964年)で披露し、節目で届けてきたベートーベンの交
響曲第5番「運命」。約950人の観客が苦難を乗り越える力強い曲調と街の歩みを重ね合わせた。中国新聞社
など主催。 (余村泰樹) (2015年3月28日 中国新聞朝刊より)
中国新聞記事
被爆地に新たな調べ
きのう夜、カープ開幕戦に沸く広島の街で、もう一つ注目したい出来事があった。被爆地の祈りが込められた
新たな楽曲の誕生である。地元出身の作曲家糀場富美子さんによる「摂氏4000度からの未来」を、広島交響
楽団が初演した。
鐘が響く中、弦楽器や管楽器が激しく不気味に揺らぐ。ちりばめられた風鈴の音は、息絶える生命の最期の光
か、再生の息吹か。やがて音楽は希望の光にあふれてくる―。
緊張感漂う練習場を訪ねたことがある。被爆者の父を持つ作曲家や指揮者、楽団員が、曲想に合う音色やわず
かなニュアンスを追い求めていた。そして昨夜は聴衆も一体となり見事完成させたといえるだろう。
原爆への怒りや平和希求の思いから数多くの音楽が生み出され、犠牲者にささげられてきた。管弦楽曲や合唱
曲、歌謡曲、ロック、ジャズ…。調査収集を進める団体「ヒロシマと音楽」委員会は2千曲近くをデータベース
化したという。
だが注目を浴びんがためと言われても仕方ないような作品もあった。昨年、他人に代作させたことが発覚し、
ヒロシマと冠した交響曲のメッキが剥がれた。
いま一つ残念なのは、楽譜が満足に残っていないために、耳にできない作品が多いという点である。
音楽は時代の空気を映す。以前は原爆の恐ろしさ、被爆者の苦悩を表現した歌曲が多かった。時の流れととも
に演奏機会は減り、表現も変わってきた。被爆者や戦争を知る世代の減少と似ているかもしれない。
被爆70 年のことし、原点を忘れぬために過去の作品も聴きたい。生々しい声に触れられるはずだ。
ヒロシマの音楽は実際に奏でられ歌われ、核廃絶ヘ願いを共有できて初めて意味をなす。節目の夏が近づく。
新旧、多様なジャンルの調べに、多くの人が接することを願う。 (論説委員 田原直樹)
(2015年3月28日 中国新聞朝刊 潮流より)
中国新聞記事
「ヒロシマ」を語る音楽の70年を振り返る シンポジウム
日本音楽学会西日本支部 第24回例会
日時:2015年3月14日(土)14時〜17時
(シンポジウムは15時頃〜)
場所:エリザベト音楽大学506教室
JR広島駅南口より徒歩12分。路面電車またはバスで銀山[かなやま]町停留所下車 徒歩4分
●シンポジウム
戦後70年特別企画:
「ヒロシマ」を語る音楽の70年を振り返る
コーディネーター
能登原由美(「ヒロシマと音楽」委員会)
パネリスト
・上村和博(ひろしま歌謡文化支援ネットワーク代表)
・光平有希(総合研究大学院大学)
・乗松恵美(京都市立芸術大学大学院)
【主旨】
2015年を迎えた今年8月、広島では被爆から70年という節目を迎える。世界で初めて核兵器が使用された都市、広島は、「反核」や「平和」を象徴する都市として語られる場合、カタカナの「ヒロシマ」と表記されることが現在では一般的となった。このように象徴的意味を担った「ヒロシマ」については、美術、映画、演劇などさまざまな芸術分野で表象の対象となってきた。音楽についても例外ではなく、戦後50年の間だけをみても、500曲以上の作品が生み出されていることが明らかとなっている(能登原調べによる)。それから20年を経た現在までには、さらに多くの作品が生み出されていることは間違いない。このように、一つの都市が短期間でこれほど多くの音楽によって表象されることはあまり例を見ず、改めてその意義を問うために70年という節目は時宜にかなっているのではないだろうか。
シンポジウムでは、「ヒロシマ」に関わる音楽について、戦後70年の間に生み出された音楽作品や演奏、また普及活動などさまざまな観点で研究をおこなってきた専門家に事例を発表してもらう。はじめに、「ヒロシマ」に関わる音楽(活動)についての全体像と戦後70年の流れを概観した上で(能登原)、歌謡曲(上村)、グループサウンズ(光平)、クラシック声楽曲(乗松)に焦点を当て、それぞれ注目すべき事例を紹介していただく。これらの事例を通じて、戦後70年の間にみられる「ヒロシマ」の音楽表象と今後の可能性について、フロアを交えながら検討していきたい。
日本音楽学会西日本支部 第24回例会 については 下記を参照下さい。
http://www.maroon.dti.ne.jp/imdk/msj_west/#375
支部例会へはどなたでもご自由に参加していただけます(無料)。
「摂氏4000度からの未来」世界初演
広島市は、被爆70周年記念事業を広島交響楽団の創立50周年の特別事業と共同で、実施します。「文化・
芸術による平和の体現」を目的に、音楽を通して、ヒロシマの心を広く国内外に発信します。
被爆70周年記念事業として、広島市と広島交響楽団は、「広島レクイエム」などの作曲で知られる広島市出
身の著名な作曲家の 糀場(こうじば)富(ふ)美子(みこ)氏 に、原爆投下時に摂氏4000度にも達した広島の
まちの現在と未来に向けてエールを送る新作「摂氏4000度からの未来」の作曲を委嘱しました。
そして、この新作は、広島交響楽団の秋山和慶のデイスカバリー・ シリーズ「音楽の街を訪ねて」において
世界初演されます。
日 時:2015年3月27日(金)18:45開演(17:45開場)
場 所:アステールプラザ大ホール (広島市中区加古町)
内 容:
指 揮:秋山和慶 管弦楽:広島交響楽団
コンサートトーク 「ふるさと広島の未来に寄せて」(糀場富美子)
糀場富美子 「摂氏4000度からの未来」
ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」
チケット料金:S席:5,200円 A席:4,200円 B席:3,200円 学生:1,000円
チケットのご案内
広響事務局 TEL 082-532-3080 受付時間 平日9:00~17:20
広島市生まれ。故バーンスタイン氏の推薦で、大植英次指揮により初演された「広島レクイエム」は小澤征爾指揮ボストン交響楽団をはじめ、広島交響楽団など多くの楽団で演奏されている。別宮賞、芥川作曲賞受賞。
「広島レクイエム」について
《弦楽合奏のための「広島レクイエム」》
この曲は1979年に作曲、翌年広島市に寄贈する。1980年に演奏される予定であったが、技術的に演奏が難しいという事で延期となり、今回が初演である。今回の演奏にあたり、前半を大幅に書き直した。
両親共に広島県生まれ、但し呉市在住の為、直接原爆にあうことはなかったが、父は原爆投下後2日で広島市に入り、死体処理をする。小さい頃から、8月6日になると、両親やその友人達から原爆の話は聞かされ、幼いながらも、その恐ろしさを感じとっていたように思う。小学校の時、原爆資料館を見学し、嘔吐感を覚えるほどの恐怖をいだき、それ以後、「原爆」から目をそらしてしまった。改めて「原爆」に目を据えたのは、大学入学の為に広島を離れて上京してからである。広島市に生まれ育ち、また生き残った者として、「原爆」を許すことはできない。この曲は、いつかは絶対に書かなければならないと思っていた曲なのである。
この曲の前半部分は、原爆で傷つき死んでいった人々のうめき、悲しみを、後半は、その人々が苦しみからのがれて、神のもとへ赴き、神のひざもとでやすらかに眠れるようにとの祈りである。
今回の演奏にあたり、この曲をプログラムに組み込んで下さったバーンスタイン氏、指揮の大植氏、演奏して下さるECYOの皆さん、そしてこのような機会をさずけてくださった神に感謝致します。
糀場富美子
(1985年8月6日、広島市における初演コンサートのプログラム・ノートより転載)
広島交響楽団 被爆70年 HIROSHIMA 2015
広島交響楽団は、被爆70年を迎える2015年度プログラムを「平和と希望への祈り」の年間テーマで届ける。
中心に据えるのは、不屈の作曲家ベートーベンの音楽。国際色豊かな指揮者やソリストとともにヽ被爆地から音
楽で平和を発信する。
広島の皆様と共に、Music for Peace!
広島交響楽団音楽監督・常任指揮者 秋山和慶
人類史上初めて核兵器が実戦で、広島と長崎に原子爆弾が投下されてから、間も無く70年の歳月が経とうとし
ています。70年前というのは、私もまだ幼く、疎開していたこともあり、明確に戦争の記憶がある訳ではありま
せん。しかしながら、何か周りで恐ろしいことが起こっていたという雰囲気は感じ取っていたように思います。
当時、70年間草木1本も生えない・・・と噂されたことを思うと、広島は美しく、緑豊かな街に生まれ変わりま
した。今ではその記憶を残す物も、人も、希少な存在となってしまいましたが、紛争が絶えないこの世界におい
て、ヒロシマは「平和の聖地」として世界中から原爆慰霊碑を訪れる人が絶えず、祈りにあふれています。そし
て、復興とともに育んできた多くのものの中のひとつとして、現在の「広島交響楽団」があり、その創立50周年
や被爆70年といった節目の時に音楽監督として指揮をさせていただける事に、畏敬の念を抱きつつ、感謝の気持ちでいっぱいです。
(全文は以下をクリックして下さい。pdf 広響 Yearbook 2015.4~2016.3 p3 より)
広島の皆様と共に、Music for Peace!
チケットのご案内
広響事務局 TEL 082-532-3080 受付時間 平日9:00~17:20
2015年1月24日中国新聞朝刊 芸能欄、で紹介されました。
中国新聞朝刊 芸能欄
「ヒロシマ・音の記憶」vol.5~生きる~アンケート集計(132枚回収)
住所
広島市内…98名 広島県内…21名 広島県外…13名
性別
男性…75名 女性…57名
年齢
20代…16名 30代…22名 40代…29名 50代…29名 60代以上…36名
公演の感想
満足…128名 やや満足…4名
公演の長さ
満足…119名 やや満足…10名 やや不満…3名(理由:少し長い・長すぎ )
料金
満足…130名 不満…2名(理由:安すぎる)
[意見]
・感動し、言葉もありません。ありがとうございました。平和な世であるからこそこのような時が持てるのですね。どうぞこれからも平和を作り出すものとしての歩みがで きますように共に頑張りましょう。すばらしかったです。出演者の方々、そしてこの会のためにご苦労なさった委員の方々。本当にお疲れ様でした。主の御祝福を祈ります。
・何ともいえぬ心地よさが私を包み込んで、感動しました。
・今日は教会に来れてよかったです。
・まず正面の「焼けあとの十字架」に心を打たれた。音楽は心地よく、特に混声合唱には感動した。私にとってよいクリスマスだった。
・すばらしい復元・メサイアでした。ありがとうございました。第一部は、焼け跡に響いたハレルヤコーラスを思いました。
・混声四部合唱のハーモニーがすばらしい。コンダクターの表現力が引き込まれるようだった。
・構成、大変良かった。合唱も狭いことが効果的と思えた。歓びに満たされました。
・感謝感激でした。メサイアの詳しいストーリーをしっかり知りました。演奏の方々の確実な熱演にも感動でした。ありがとうございました。
・オケ、合唱共に見事!指揮者、ソリスト共に好演!久しぶりの満足なコンサート。ありがとう!!(焼けた十字架の説明を掲載してほしかった。)
・合唱団のメンバーで立ったままの人がかわいそうでした。最後の「きよしこの夜」は皆で歌いたかった。
・大変素晴らしい演奏に感動しました。特にソリストと合唱は響きわたって素晴らしかったです。大満足しました。
・音楽の力を強く感じることができた。
・とても素晴らしい演奏でした。
・素晴らしかったです。
・1947年の構成と同じ、演奏されたことに感動、あれから67年。平和へ向かってどれだけがんばったかと思いました。残りの人生の課題を与えられたように思います。ありがとう。
・主旨・内容ともとても素晴らしいものであったと思います。
・大変素晴らしいコンサートでした。心の安らぐひと時を過ごすことができました。
・たくさんの人の協力の下に、この素晴らしいコンサートが開かれ、感激しました。
・小編成ながら感動的な演奏会でした。1947年当時の想いがよみがえりました。ヒロシマ継承のために頑張ってください。
・メサイア初めて聞かせてもらいました。すばらしい特にコーラスの迫力に力をもらいました。
・会場が少し狭いぶん、迫力がありました。すばらしかった。
・とても身近に感じられ良かったです。
・ラジオ放送の復元は、大変興味深い企画だ。
・大感激でした。ハレルヤしか知らなかったのですが、意味を知り、本当に感動しました。素晴らしかったです。
・天使が下りてくるのが見えるようでした。
・感動しました。私の生まれた年の出来事でした。
・とても音響がよく、素晴らしいホールでした。もちろん演奏される方々が素晴らしかったです。
・感謝。
・子供のスペースがとてもありがたかったです。おじいちゃんの晴れ姿が見れた孫たちも喜んでいました。
・1947年にメサイアが演奏されたとは驚きです。心洗われる素晴らしいコンサートでした。ありがとうございました。きよしこのよるは、何故聴衆にうたわせないの?
・気持ちの入った素晴らしいものでした。ぜひ委員の皆様、参加者のみなさま。広島の方々と共に、未来の為に引き継いでいってください。ありがとう。他県でも行ってほしいです。
・大変勉強になりました。「音楽」というものについて改めて考えさせていただきました。ありがとうございます。
・すばらしいホールと演奏と賛美でした。ありがとうございます。
・素晴らしい演奏をありがとうございました。
・キリスト教会にとり、特に流川教会にとり、このように意義深い音楽會を「音の記憶」として企画・開催されましたことは誠にうれしく、心よりお礼申し上げます。原爆の惨禍の中から音楽と共に平和へと立ち上がっていったこと。30冊の楽譜のことにとても感激しました。何年か毎に8.6の日にも継続的に行ってください。アーメンとハレルヤでは涙が出るようでした。出演の方の音楽もすばらしくメサイアの意味がよく伝わってきました。掘り起こしてくださったことに心よりお礼申し上げます。
・すばらしい公演でした。非常に感激しました。本当にありがとうございました。
・荘厳な演奏、合唱を聞かせていただき感謝します。ありがとうございました。
・席の間が狭くて通りにくかった。楽器とは近いのでよく見られ、音も感じられてよかった。
・「過去から学ぶことの大切さ」をしっかり体験させていただきました。「クリスマス音楽礼拝」復元演奏は、当時のことを思いだすと共に、改めて心に響いてくるという感じでした。メサイアは解説にしたがってきかせていただき、よく理解でき、色々想像することができました。ありがとうございました。
・すばらしい!感動をありがとうございました。
・すばらしい企画をありがとうございました。
・新鮮でよかった。
・最高に良かったです!皆さんお疲れ様でした。
・コーラスが左右に離れすぎてハーモニーがやや乱れ残念!!メサイアはとても良かったです。全てよかった!メリークリスマス!ありがとうございました。
・大変感動しました。この音楽会にかかわられた全ての皆様に感謝いたします。
アンケートにご協力ありがとうございました。
今後の活動に参考にいたします。
「ヒロシマと音楽」委員会
中国地方 2014 回顧
2014年12月27日中国新聞朝刊 芸能欄 中国地方 2014 回顧 で紹介されました。
「ヒロシマと音楽」委員会は、被爆2年後に市内で開かれた「メサイア」の演奏会に光を当て、全5回の「音の記憶」シーリズを締めくくった。
◇・・・原爆投下から2年余りたった昭和22年12月24日、広島市の爆心地に近い広島流川教会で開かれた「クリスマス音楽礼拝」が13日、再現された=写真。
◇・・・主催団体によると、当時の主任牧師だった故谷本清氏の自宅に、礼拝をラジオ放送した際の進行表が保管されており、「忠実に再現しようと企画した」。
◇・・・アルトを担当した被爆者の三戸和子さん(76)は「平和が続きますようにとの思いを、歌を通して若い人と共有できれば」と語った。
(12月14日産経新聞)
2014年12月14日産経新聞
産経新聞の他、共同通信の配信で 以下の各紙で紹介されました。
中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2014121301001733.html
静岡新聞
http://www.at-s.com/news/detail/1174150316.html
exciteニュース
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20141213/Kyodo_BR_MN2014121301001736.html
大分合同新聞
https://www.oita-press.co.jp/1002000000/2014/12/13/NP2014121301001732
東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014121301001733.html
上毛新聞
http://www.jomo-news.co.jp/ns/2014121301001733/news_zenkoku.html
京都新聞
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20141213000106
山形新聞
http://www.yamagata-np.co.jp/news_core/index_pr.php?kate=Lifestyle_Human_Interest&no=2014121301001733&keyword=
「ヒロシマ・音の記憶 Vol.5~生きる~」 12月13日(土)18:00~広島流川教会で開催しました。
47年のクリスマス音楽礼拝再現
復興のメサイア 時を超え
12月13日 広島流川教会で
被爆地ヒロシマの年の瀬に、平和を願って響くヘンデルの「メサイア」。その歌声を広島県内に広げるきっかけになったのが、被爆2年後に広島流川教会(広島市中区)で開かれたクリスマス音楽礼拝だ。ラジオで県内に届けられた礼拝を再現するコンサート「ヒロシマ・音の記憶 Vol.5~生きる~」を12月13日。
広島流川教会で開催しました。「ヒロシマ・音の記憶」の最後を飾るシリーズ第5弾。
広島流川教会 「ヒロシマ・音の記憶 Vol.5~生きる~」 看板
皆さん、今晩は。本日、皆様と共に1947年に持たれたクリスマス音楽礼拝の復元演奏に立会えましたことをとても嬉しく思っています。私はこの広島流川教会の牧師であります向井希夫と申します。
今回の企画のためにご努力いただきました「ヒロシマと音楽」委員会の皆様、そしてさまざまな面で、ご協力いただきました多くの皆様に、心から御礼申し上げます。私達広島流川教会の歴史の一ページでもありますクリスマス音楽礼拝について、教会外の方々の働きによって復元出来ましたこと、そして1947年の音楽礼拝に、人々のどのような祈りが込められていたのかを67年の時を超えて思い起こすことを出来ましたことは、とても意義深いことがらだと感じております。
私たちは、この広島の地で、被爆の地で、クリスマスに音楽礼拝が持たれた意味を考えます。聖書おけるクリスマスのメッセージは、先ほどお読みいただいた聖書の中で、天の軍勢、御使いに加わり、神を讃美して言ふ、『いと高き處には栄光、神にあれ。地には平和、主の悦ふ給う人にあれ』とてもシンプルな内容です。神様が居ます天には栄光、そして、我々が生きている地上には平和があるように、ただこれだけです。しかし、我々が生きている地上には人々の間に、隔ての壁があり、さまざまな争いが存在しています。1947年当時、そして現代においても、そのような現実の中で、その出来事は平和を求め、志すところでは、聖書の言葉では、平和を作り出そうとするところでは、隔ての壁を乗り越えていくことが出来ることを示してくれています。当時、敵として闘った日本とアメリカ。原爆を落とした側と被爆した広島。 それを越えてメサイアの楽譜がアメリカから送られて来たのです。そして、ひとつの教会という枠組みを超えてあらゆる立場や考えの人達が、メサイアの歌声をこの被爆の地で、聞かせたいと願い、隔ての壁を乗り越えて、協力し、音楽礼拝が実現して来たのです。今回もそうであります。ただ我々が生きている地上では、平和があるようにとの祈りに支えられ。
それと、もう一点、音楽の力です。皆様がお持ちの資料の中で紹介されている楽譜を送って下さったコンディットさんの谷本牧師へのハガキの一説。「あなたのお役に立つようなものが何か・・あるかしら」との申し入れに対してメサイアの楽譜であったという一点です。当時、谷本牧師、また広島流川教会では、あらゆるものが不足していたでしょう。その中で、音楽の楽譜が送られて来たことに深い意味を感じます。整えられた言葉、ましてお金や物ではなく、であります。心の底から湧きあがって来る音楽には、平和を願う思いと共に、隔ての壁を乗り越える力があると思います。
これを機会に過去から学ぶことによって、地には平和の実現のために、この広島の力 音楽を奏で、祈りを合わせることが、皆様と共に出来れば幸いです。 皆様の上にクリスマスの恵みと祝福が豊かにありますようにお祈りします。
(DVDより、再録)
プログラム p1-16 下記をクリックしてご覧ください。